W・B・キイ「メディア・セックス」

今日、W・B・キイ「メディア・セックス」(リブロポート・1989年発行)を読み終えた。

メディア・セックス

メディア・セックス

購入したのは前世紀で、読まずに本棚に入れてずっと放っていた。2か月ほど前にとある事情で大量に書籍を処分しようと思い立ち、本棚に飾ってあった本を仕分けしていたところ、この本が目に留まった。捨てても惜しくないと思ったので、どうせ捨てるならということで、この際一通り読んでみた。

 

有名な本なので内容は説明するまでもないだろうけど、いわゆる「サブリミナル」について考察した本である。サブリミナルというと、映画のポップコーンの都市伝説が思い浮かぶだろうけど、この本は動画像に使われたサブリミナル手法ではなく、新聞広告やポスターなどの写真が主な対象である。著者はこれらの媒体には送り手側のメッセージ(多くが性的な連想を呼び起こすもの)が隠されているとし、消費者の潜在意識に働きかけていると主張している。巻頭には、「SEX」の文字が埋め込まれている(と著者が主張する)写真や、性器が隠されている写真が提示されている。これらの写真は、著者が指摘した位置に「SEX」の白文字や輪郭をなぞった線の書き込みがなければ、到底その位置に当該の文字列があるとは納得いかない例示ばかりである。仮に、その位置に当該文字列があったとしても、一般人が普段の生活で目にしたときに認識しづらい表記であるため、見る側の意識にどれほどの影響を与えるかは非常に疑わしいと思う。ただ、この本を読んで印象に残ったのは、著者の「SEX」という文字に対する拘りである。英語文化圏ではそうなのかもしれないが、「SEX」という文字に対する心理的影響を過大評価しすぎなのでは?という感想を抱いた(日本で「性」という文字を見ても大抵の人はなんともないだろう)。著者は、潜在意識や無意識へ多大な影響があると主張していて、ここら辺はこの本が出版された年(1976年)の時代背景もあると思う。今となっては、冒頭に挙げた映画のポップコーンやコーラの話も商品を売るための話題作りというのがバレているため、サブリミナルが意識下に影響を及ぼすというのは眉唾になりつつある。

 

この本がサブリミナルについて書かれているのは前以て知っていたため、価値のない本として読み飛ばそうと思って読んでみたのだが、読み進めてゆくうちに当初抱いていたイメージとは別の印象を抱いた。上にも書いたように、この本は写真や広告に「SEX」の文字を著者が半ば強引に見出して、それらの文字が見る者の潜在意識に影響をあたえるという主張を行っている。だが、この本の全般を通じて著者が述べているのは、「広告による現代人への影響」、「広告や芸術が及ぼす現代人の活動様式への影響」である。新聞や雑誌(ペントハウスやプレイボーイのような)、ロックのような現代音楽に包含された性や暴力の表現が人々の価値観や行動様式(価値観は同性愛、行動様式は購買行動など)に知らず知らずのうちに影響を及ぼしている、というのが著者の主張である。残念ながら、挙げられている例(社会事象や巻頭の図像など)に対する著者の解釈が現代からみると疑問符が付くようなものばかりなので、良書とは全く言えず、著者の結論(結論へ至る論理構成も含めて)も受け入れ難い。しかし、当初のイメージである「写真に「SEX」が隠されていてそれがサブリミナル効果をもたらす云々」のような疑似科学本では(単純にそう捉えてもいいかもしれないけど)ない。

 

今となってはこの本の内容も古いし、現代のあらゆる事象の説明にはそのままでは使うことはできないだろうけど、1970年代はこのような考え方が流行る余地があったことを知るだけでも有意義な本といえる、というのが率直な感想である。